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法人の街から市民の街へ

2021.08.16 村上 有紀

村上建築設計室・村上有紀です。

何度か、ご紹介していますが去年より、
神田小川町にあるふるーーーい建物の再生プロジェクトに参加しています。
いまも現在進行形であるものの、先月、ギャラリーとカフェがオープンしました。

  

優美堂は、「つくって売る店」を掲げた額縁店でした。
戦後すぐの建物で、それはもう、ビックリするくらい古くて傷みも激しく、
ここ十数年はシャッターが閉まったままの廃墟のような佇まい。防空壕まである。
しかし、富士山の壁画のある看板建築で、永らく靖国通りの印象的な風景として
街ゆく人たちの記憶に刻まれてきたことは、間違いありません。
プロジェクトスタート時、この木造2階建て+小屋裏3階の店舗併用住宅には、
数千の額縁がみっちり残っており、その運び出しと清掃から始まりました。

大掃除の様子はこちら
https://hapi-ken.com/archives/10137

はじめは、面白そう!という軽い気持ちからでしたが、
このような個人商店のヒューマンスケールの建物が生き残っていく(残していく)のは
至難の業であることがよくわかりました。
このプロジェクトで初めて「法人の街」「企業の経済成長のための街」
という表現を聞いたのですが、建築法規やを含めて経済や世の中の仕組みが、
このような建物(と住まいかた)を継続不能にしています。
個人商店だった近隣の住人は、住み続けけるにはビルを建てざるを得ず、
そのビルには、テナントとして企業が入ることになります。
本当は、この優美堂も解体して周りと同じようにビルを建てる話が進んでいたのだとか。

アーティストの中村政人さんが、この建物の歴史や街の記憶としての佇まいを残し、
新たな価値を生む創造の場として再生するプロジェクトとしてオーナーに直談判、
オーナーと中村さんの熱意やこの地の地霊や奇跡的なタイミングで、
再生プロジェクトが実現したそうです。

    

富士山がトレードマークの看板建築。新しい富士壁画は、アーティストOJUNさんによるものです。

  

オープンしてみると、みなさん気になっていたようで、
全面ガラス戸のむこうから覗き込みながら様子をうかがっていきます。

奇しくも、この1年、コロナによる飲食店や企業の不遇と、リモートワークの影響もあるのか、
1階の店舗から上層階の事務所まで、あきらかに空き室や消える灯が増えています。

そのなかで、小さな規模ながら多くの市民を巻き込んで、
「活動の場を生み出す」というムーブメントは、
これからの不確かな未来のよりどころ。
図面を書きながら、手を動かしながら、いろいろと考えさせられるのでした.

 

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